御委託品 脇指#12 

脇指:日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣
銘:石堂運寿是一淬之 文久元年二月日 元興入道松軒鍛之
研磨済 金着一重はばき 白鞘(角口 角座 佐藤寒山鞘書 1967年)入 登録証番号:新潟10373 
刃長:36.97センチ 反り:1.06センチ 元幅:3.07センチ 重ね:0.84センチ
時代:江戸時代 1861年

 

体配:身幅広く重ね厚く、おそらく造りに似て大切先延びた脇指。
彫物:表裏に薙刀樋を彫る。
地鉄:板目よく練れ地沸が付き無地風となる。
刃紋:匂口深く高低に変化のある互の目乱を華やかに焼き上げる。刃中足柔らかく長く入る。

 本作は新々刀期の名工として名高い石堂運寿是一が淬(焼きを入れて刀をひきしめる)、元興入道松軒が鍛えた合作銘の入った脇指である。
 藤原是一は米沢の刀工で加藤綱俊の甥。綱俊に学び、江戸に出て六代重二郎是一没後に家を継ぎ、七代目となった。是一の系統では最も技量の優れた刀工と評価が高い。天保十四年(1843)九月浜御殿に於いて鍛刀した功績で生涯五人持を賜わり、葵の紋を茎に切る事を許される。更に文久元年(1861)上杉家より生涯一人持二名被下。明治初年(1867)には高橋長信らと共に新政府の召に応じた。松軒元興、勝村徳勝らの門人がある。相州伝と備前伝のかかった相伝備前が得意で、技量の高さには定評がある。明治二十四年(1891)七十五歳まで生存したという。
 松軒元興は初代元興の孫にあたり、祖父と父の早世により祖父の門人皆川宗寿に学んだといわれる。安政六年(1859)に江戸にのぼり入道し、松軒と号した。この時期の作品に本作のような石堂運寿是一との合作や、山田浅衛門の試し銘入りの覇気の有るものが見られる。慶応元年(1865)に祖父の秀国銘を襲名、翌年に大和守を受領。明治二十四年(1891)に没した。

百七十万円

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